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☆ 火曜日の猫、水曜日の猫

水曜日の猫写真500.jpg
僕が最後に記憶しているのは、僕の肩幅より少し広いだけの金属製の階段の裏側に出来た
薄暗い空間から僕を見つめる、少し怯えたような檸檬のような瞳だった。

その階段は一番下の一段だけは高さの分だけ隙間が空いていて、
僕を見つめる瞳の裏側から夏の夕方の光がわずかに射し込んでいた。

風通しが悪く湿度の高いその場所は、
その日のような巡り合わせがなければ決して僕が立ち入る事はなかったであろう、
他人の家の敷地内であった。

それは梅雨とは名ばかりで、東京は朝から晴天だった7月2日火曜日の夕方、
授業を終え職場から駅に向う帰宅途中に起きた出来事だ。

僕が校門を出て二十秒ほど歩いた時、右手のアスファルトの駐車場に顔見知りの学生が数人
しゃがみ込んで何かを心配そうに見つめていた。
その内の1人と目が合ったので、『どうしたの?』と声をかけながら覗き込むと、
そこには衰弱しきった三毛猫が横たわっていた。
前脚の片方を少しと、後ろ脚の間からは内臓のように見えるものが露出するほどの怪我をしていた。
どうやら心優しいその学生達は、その猫を保護したい様子だった。
三毛猫は最初僕が見た時は目を閉じていたが、声をかけると反応するように眼を開けた。
レモンのようなとても綺麗なその眼からは
「まだ生きたい」という意思が伝わって来たように思えた。
学生によると、その猫は最初ファイテンの白いネックレスを八の字にして二重にしたものを
首輪の代わりに着けていたとのことだ。
今はその白いネックレスは、苦しそうなその猫の首からは外されてアスファルトの上に
一つの輪になって置かれていた。
僕はアスファルトを触り温度を確かめた。うっすらと生暖かい温度だった。
今はそれ程には熱くなくても、今日の朝からの日差しを考えると
その猫が脱水症状になっているかもしれないと思い、
近くで目についた自動販売機でペットボトルに入った水を購入した。
売っていた水の銘柄は「いろはす」だった。
何も器がないので、キャップに水を注ぎ三毛猫の口元にそっと置いた。
猫は直ぐに興味を示したのだが水は飲まなかった。舌を伸ばす力もないようにも見えた。
乾いた鼻を湿らせてあげたら良いかも?と学生のひとりがつぶやいた。
別の学生は一番近くにある動物病院をスマートフォンで探していた。
その画面を見ると歩いて三分ほどの所に動物病院が表示されていたので、
僕は『その病院にこの猫を見てもらえるか聞いて来るから』と学生に伝えて
急ぎ足で病院へ向かった。
途中、別の大学の帰宅する学生の集団の流れを逆行しなければならず、
さすがに走る事は出来なかったが病院はすぐに見つけられた。
『こんにちは』と挨拶をしながら中に入り事情を説明したが、
その病院の先生は「今日はもう帰る時間だから申し訳ないけれど治療は引き受けられない」
とのことだった。
少し歩くがまだ開いている別の動物病院に連れて行ってはどうかと言われた。
では、違う病院に怪我をした猫をどう運べばよろしいでしょうか?と僕が尋ねると、
その女性の先生はダンボール箱に紙オムツのようなペットシートを敷いて渡してくれた。
僕はお礼を云ってダンボール箱を両手に抱えて、急ぎ足で猫の倒れている現場にもどった。
待っていた学生達に今行ってきた病院では断わられてしまったけれど、
別の動物病院を教えてもらえたからそこに運ぶしかないということを伝え、
横たわっている猫のすぐ横にダンボール箱をそっと置いたが、
さすがに猫自らは中には入ってくれなかった。
猫の扱いに慣れた学生が意を決して、優しく抱きかかえダンボール箱に猫をそっと移した。
猫は先程まではグッタリしていたが箱の中は嫌なようで外に出ようとした。
優しく箱の蓋を閉めたが、高さが足りないのでフタを斜めにした状態で空いている部分には、
バックから出したエスキースを描いてある画用紙を乗せた。
これで中が暗くなれば落ち着いてくれるかと思っていたら、
安心した我々の一瞬の隙をつき三毛猫は箱から出てしまい、
駐車している車の下の日陰に隠れてしまった。
通学路を見守るボランティアのおじさんが大学の校門にある警備員室に行けば
もう少し大きな箱があるかもしれないと教えてくれたので、
最初からその場にいた学生が急いで取りに向かってくれた。
その時、近所に住んでいると思われるおばあちゃんが車の下の猫を取り囲んでいる我々を見ながら、
ゆっくり歩いて通り過ぎようとしていたので、
『この猫の飼い主さんをご存知ないですか?』と聞いてみると、
この辺でたまに見かける猫との事だった。
おばあちゃんは『たぶん野良猫でしょう』と言いながら駅の方へ歩いて行った。
そんな会話をしているうちに、猫は車の下から出て
今度は道を挟んで反対側にある民家の塀の中に逃げこんでしまった。
怪我した猫を捕まえるためとはいえ、不法侵入は出来ないので困っていたら、
ちょうどそこの大家さんの連絡先を知っている住人が自転車で帰宅して来た。
その方に事情を話すとすぐに携帯で大家さんに電話をして下さり、
敷地内に入る許可を取ってくれた。
僕はその方にお礼を言ってから塀の内側に入り出来る限り猫に向かって歩いたが、
障害物があり手が届く距離までは狭くて近づけなかった。
その状況を知った先ほどスマートフォンで病院を探してくれた学生が必死の思いで
猫の後ろ側の塀を乗り越え猫の裏側にまわり、
塀の内側の狭い場所にいた猫をこちらに歩かせてくれた。
最初にダンボール箱に抱きかかえて入れた学生がまた箱に入れようとしてくれたが、
今度はわずかな隙間から近くにあった金属製の階段の一番下の隙間から
階段の裏側の暗い空間に入ってしまった。
階段の下の猫は、見える所にはいるけれどそこはどうしても人間の手は届かない距離だった。
万事休すだった。

塀を乗り越えた学生が何度も優しく出て来るように猫に話しかけたが、
猫は階段下の薄暗い空間からこちらを見ているだけだった。
我々が途方にくれていると、先ほど歩いていたおばあちゃんが歩いて戻って来た。
そのおばあちゃんは、偶然にもこの階段のある建物の所有者であった。
「この隙間は行き止まりですか?」と聞くと
「裏から回れるからこっちに入って来ていいよ!」と言ってくれた。
そこで僕は薄暗い空間から、僕を見つめる少し怯えたみたいな檸檬のような瞳を見たのだった。




階段裏の薄暗い空間で「向こう側に歩いて出て」と声を掛けながら僕が近づいた時、
三毛猫は逃げるのをあきらめたのか、ゆっくりと光の差し込む方へ歩き出してくれた。
どうやら薄暗い空間の向こう側では猫をそっと学生の誰かが抱きかかえて
新たに運んで来た大きなダンボール箱に優しく入れたようだった。
僕がおばあちゃんにお礼を言って道路に出た時には既に三毛猫は蓋を閉められた箱の中であった。
次の病院に電話をして事情を説明してから、
僕はこの出来事の途中で加わった学生達と一緒に両手でダンボール箱を抱えて病院へ向かった。
初めのうちは「みゃーみゃー」と鳴いていた猫は僕が箱を持って歩きだすと急に静かになった。
目的地の病院は最寄り駅を300mほど通り過ぎた住宅街の中だったので、駅の入り口のところで、
行き先の病院が決まったから用事があればこれで帰っても良いんだよ?と学生に伝えたが、
誰1人として帰ろうとはせずに病院までついて来てくれた。
学生達のその優しさが僕にはなんだかとても嬉しかった。

病院に入り受付の方に、「先程電話した者ですが・・・」と云うと、
「ではこの問診票に記入して下さい。」と言われた。

猫の名前?知らない。
猫の年齢?それも知らない。
怪我や病気の経過は?それも知らない。
でもその怪我をした三毛猫の今の飼い主は、法律上は僕になっていた。
生まれて初めて動物病院へ行き、問診票を書くことになったが
結局僕は自分の住所氏名と連絡先以外は書くことが出来なかった。
それ以上書き込むことが出来ない僕を察した受付の女性は、
「飼い主様の連絡先だけで結構ですよ」と言ってくれた。

診察の結果、風邪を惹いて衰弱した所を他の猫にいじめられたようだとのことだった。
不妊手術はしてあるので『地域猫だろう』との説明もあった。

ちいきねこ???
な・ん・で・す・か・それは???

地域猫の説明の後、治療と一週間の入院費の請求額は6万円程度になると院長先生からの説明が加わった。

保険が利かないと猫でもそんなにかかるのね!

その時の僕はそんな大金は持ち合わせていなかったのだが、
とにかく院長先生に怪我の治療をお願いし
内金として、とりあえず1万円を支払って学生達と病院の外に出た。

今度の土曜日にまた僕は猫に会いに行く予定だ。


水曜日の猫(ビール)を呑みながら、7月2日火曜日の記憶より。



続きは次のブログエントリー「土曜日の猫」にて・・・
レモン檸檬写真680.jpg

☆甘えん坊でとても人なつこい猫です。
殺処分ゼロをめざして、里親募集中!



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